さて、昨日の南原寺(美祢市)の彼岸花を見た後は、
国道435号線に入って、山口市へ向かった。

山口市に入るとすぐに山口市吉敷となるが、
その吉敷字中尾に大内氏遺跡の凌雲寺跡がある。
ここには大内氏30代当主義興(よしおき)の墓と、寺の惣門跡があるのだ。
そして彼岸花もきれいに咲いている場所でもある。

国道435号線から遺跡跡までの道は狭いが、
きれいに舗装されているので、セダンでもあまり気にはならない。
駐車場は舗装されていないけど広い。

大内氏遺跡

駐車場から案内板通り細い道を抜けていくと、
なんとも遺跡がありそうな雰囲気の台地が広がる。

大内氏遺跡

彼岸花も見頃を迎えている。

そして写真右端の石段を登っていくと…

大内氏遺跡跡

そこには大内氏30代当主義興の墓と、その婦人の墓が建っている。

惣門はさらに奥へと進んでいくようだ。
所々「まむし注意」の看板が設置されているが、
この日は草刈が行われていたので、足元の見通しがよく歩きやすかった。

惣門後までの道

奥に進むといっても、山道ではなく田園地帯のど真ん中を歩く感じだ。

凌雲寺跡

少し歩くと見えてきたのが、長さ60m、高さ3m、幅2mの石垣だ。

凌雲寺跡

説明版か引用して紹介しておこう。

大内氏遺跡・凌雲寺跡
凌雲寺(りょううんじ)は、大内氏30代義興(よしおき)を開基、
了庵佳吾(りょうあんけいご)を開山として永正4年(1507)、
この地に創建されたと伝えられています。廃寺の年月は不明ですが、
おそらく大内氏滅亡の後、いつの時代にか廃されたものと思われます。

寺は舌状をなして南に延びる台地上に営まれたもので、
注目すべきは大地の南端を東西に横切る長い石垣です。
これはこの寺の総門の遺構と伝えられ、
長さ約60m、高さ3m余りで、幅は2m余りあります。

巨岩をもって築かれた豪壮な石垣であり、寺の位置、地形などから考え、
有事に備えての城塞の役を兼ねたものかと思われます。

総門と彼岸花

総門と彼岸花

彼岸花もきれいに咲いているので、
今くらいの時季に訪れてみるのがいいかもしれない。
草が生い茂っている時季に来るときは、まむしに注意だ。



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2013.09.21 Sat l 山口市 l COM(0) TB(0) l top ▲

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