俵山のしゃくなげ園を見た後は大寧寺へ立ち寄り。
大好きな新緑なので、ぶらぶら歩いてみたくなったのだ♪

大寧寺の新緑

大寧寺は1410(応永17)年、大内氏氏族の鷲頭弘忠が建立した、
かつては「西の高野」と呼ばれた曹洞宗の古刹。
(本堂は1829(文政12)年に再建されたもの)
この寺は室町時代に西国の覇者大内義隆が、1551(天文20)年、
重臣・陶晴賢の謀反によって自刃した寺としても知られ、
大内義隆主徒の墓、姿見の池、甲掛岩など大内氏ゆかりの史跡も残っている。

大寧寺の新緑

大寧寺の新緑

大内義隆は、重臣・陶晴賢の反逆によって山口を追われ、
1551(天文20)年、9月1日に大寧寺で自刃。
義隆は境内に入る前に、乱れた髪を整えようと参道わきの岩にかぶとを掛け、
そばの池に顔を映そうとしたが、水面に自分の姿が映らず、
運命を悟った義隆は寺の本堂に入り、いさぎよく自刃したといわれている。
写真上が甲掛岩で、下が姿見の池。

大寧寺の新緑

「自分の顔が映らなかったらどうしよ…」
なんて思いながら覗いているところを旅相棒に激写されてしまった!
義隆は本堂に入って自刃したが、俺は潔くはないので、もし顔が映らなかったときは
本堂に入ってきっと住職にこう尋ねるだろう。

「どうすれば助かりますか?」

往生際の悪い奴め!

大内義隆墓所

室町時代の西国の覇者・大内義隆とその家臣の墓。
大寧寺境内の山腹で静かに眠っている。
往生際の悪い者ですいません(笑)

経蔵跡

大内義隆墓所へと向かう石段の途中には経蔵跡がある。
これは、義隆の重臣・冷泉隆豊が最後まで踏みとどまって力戦奮闘するも
遂に力尽きて割腹自害し、血痕滴るはらわたを投げつけたと伝えられる場所だ。

辞世
見よや立つ煙も雲も半空に さそいし風の音も残らず

大寧寺の新緑

大寧寺の新緑

大寧寺の新緑

大内ゆかりの史跡を楽しみつつ、大好きな新緑を堪能。
県内屈指の紅葉名所でもあるので、モミジの新緑が眩しく輝く。
紅葉ライトアップがあるんだけど、新緑ライトアップなんてどうですか?(笑)

大寧寺の新緑

大寧寺の新緑

防長三奇橋のひとつ、盤石橋。
大小様々な石を組み合わせてつくられた橋で、
1668年に架けられ、1764年に再建されている。

大寧寺の新緑

やっぱり新緑はいいなあ。
俵山のしゃくなげ園の印象が少しかすんでしまうほど気持ちがいい。
県内各地花の名所を一通り巡れたら、新緑の旅を始めてみるのもいいかもしれないな。


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2014.04.25 Fri l 長門市 l COM(0) TB(0) l top ▲

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